BabyHanabi’s diary

旅行・株・夜遊びをメインにお届けします

明確な目的なんか無くて良い。 『そうだ旅に出かけよう』

査定・評価の妥当性

この時期になると、4月への管理職昇格試験や一般からの主任昇格試験などがあり、その為に若手含めて、これまでの活動及び今後の活動を提言する機会がある。

それは良い事なんだが、さて、試験を受けるには、自己推薦もあるが、基本的には誰かが推薦しているのだろう、また、なぜ若くして出世の差異が出来てしまうのだろうか。

この辺りが曖昧で結果好き嫌いのカテゴリーから脱出できないでいる会社は多い。

別の偉くなってる人が全て優れた人ではない、それは言い切れる。また、若手を育てようと考えたり、自分のもってる技術的な思考や経験を参考にアドバイス出来る人ばかりではない。

なぜ、日本は誰もが大学に行きたがるのか、それこそが査定・評価の妥当性を歪めている原因ではないだろうかと、ふと思う。

 

大学に行くには、学費は勿論の事、4年以上の月日も消費している。つまり、普通に高校卒業して働く事よりも定年が同じなら短い期間しか働けない。自己責任なんだけど、昔の名残で大卒を優遇している会社はあると思う。折角大学で学んできたんだから、本来機会均等であるはずのチャンスを例えば大卒に優先してしまう。また、後輩っていうカテゴリーで高速道路を走る様に優遇する事もある。つまりは、上の人が感じた事が全てで、その問題を解消出来る様な人事制度にはなってないし、気付いていても誰も指摘できない仕組みになっている。

別に大学を出てるから頭が良いわけでは無い、それは社会に出れば分かるが、勉強出来ても仕事が出来ない人は沢山いる。頭デッカチで知識はあるけど、それを活かしきれずに自己肯定のみしている人もいる、基本的にそんな人は出世の道から外されていく。仕事をやる以上は、周りのメンバーとの調整も必要であり、全てを自分一人でやれるわけではない。また、教科書に載ってる様な事は知っていても、実際のビジネスは異なるし、変化する。だから、実務が出来ない人もいる。こんな人は一番厄介なんだけどね。

さて、査定・評価は誰がするのか、日本の会社だと上司が判断して、すり合わせをして最終評価となる。周りとのすり合わせの時は、声の大きな人や年上で経験の長い人が得をする傾向が強い。熱量の差となってしまう、本当に自分の部下の事を理解して、評価してあげれば、説得する事は可能なんだけど、部下を見ていない様な人には評価されようがない。

だから、360度評価の妥当性は欲しい、双方の評価を見てこそ、妥当性が出てくると思う。

勿論、好かれようとする管理職も出てくるかも知れないが、360度評価となると他部門の評価も入ってくる、一概に下だけを見ていればいいわけでは無く、他部門に出した元部下や元上司による評価も加える事で、妥当性を上げていった方が良いとは思う。

だって、管理職の人は全員が妥当に評価しているって誰が評価しているのか?

部下を育てる気もなければ、年功序列で管理職になった人が、どのように査定するか分かっていない。結局、横並びの評価となってしまうし、やる気を削いでしまう恐れもある。

通常業務でも新しい事に責任をもってチャレンジする様な人になって欲しい。

だからこそ、評価・査定って曖昧な定義ではなく、明確な基準を持つべきだけど、明確には出来ないから、上司の熱量を図る事も必要ではないかと思う。

働かないおじさんにならないためにも、熱量は常に持っていたいし、降格だってあっても良いと思う。全員が管理職になったから偉いわけでは無いし、向いてない人もいる。だからこそ、会社の人事はしっかりと人を育てる事を意識した人材育成をすべき。

自分がダメなら、査定は落ちるし降格もあって良い。日本は双六社会で、年取ってゴールすれば、その後何もしなくても給与も下がらないし、立場も落ちない。管理職になって、面談はあるが緊張感をもって面談される事は無い。だって、主任・管理職面接時には、かなり資料をブラッシュアップして、就職面接ばりに自己分析や今後の方針を考えるけど、管理職になった後、

そんな事をやってる会社はあるのだろうか、例えば定期的に面接を取り入れて、ふるい落とす事も必要だと思う。苦言を伝えられる人になる事も一つなんで、今上手くいっってても、いってなくても、もう一回見つめ直しましょう。